私にとって
「今日は回ったな」と思える瞬間は、
子どもと一緒にベッドに入れた時です。
寝かしつけが終わった、ではなくて、
一緒にベッドに入れた時点。
そこまで辿り着けたら、
とりあえず今日一日は、破綻せずに終わった。
そんな感覚があります。
寝かしつけ中は、まだ「終わっていない」
正直に言うと、
寝かしつけをしている時間は、
まだ気が休まる時間ではありません。
・やらなきゃいけない仕事
・終わっていない家のこと
・平日は手をつけられなかったこと
頭の片隅に、
まだ「今日の続き」が残っています。
だから、
寝かしつけ中に
「今日回ったな」と思うことは、ほとんどありません。
ほっとするのは、寝かしつけ“のあと”
一番ほっとできるのは、
子どもを寝かしつけたあと、
ほんの少しだけ時間が残っている時です。
体力が残っている日は、
日中はできなかった家のことや、
ずっと気になっていた用事を、
ひとつだけ片づける。
「今日のうちに、これも終わらせられた」
と思えることもあります。
逆に、余裕がない日は、
何もしないでそのまま寝ることもあります。
でも、それでもいい。
「回った」の基準は、できたことじゃない
私の中での
「今日は回った」の基準は、
たくさんこなせたかどうかではありません。
・子どもと一緒にベッドに入れた
・今日やるべき最低限は終わった
・明日が完全に詰んでいない
それだけで、十分。
余白がある日は、ちょっと得した気分になる
寝かしつけ後に、
少しだけ余白が残っている日。
その時間は、
「毎日あるもの」じゃないからこそ、
ちょっと得した気分になります。
何かできたらラッキー。
何もできなくても、今日はもう終わり。
そう思えるだけで、
一日の終わりのしんどさが違います。
私が欲しかったのは、この終わり方だった
毎日余裕があるわけじゃないし、
全部が整っているわけでもありません。
でも、
子どもと一緒にベッドに入れて、
そのあと少しだけ息ができる。
この終わり方があるだけで、
「また明日も回せるかも」と思えます。


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