頑張ってる“つもり”じゃない。
ちゃんと頑張っているのに、毎日が回らない。
手を抜いているわけじゃありません。
サボっているつもりもありません。
仕事をして、家事をして、子どものこともやって。
最低限どころか、「これ以上削れないところ」までは、毎日ちゃんとやっていました。
それでも、余裕がない。
気持ちが落ち着かない。
なぜかずっと追われている感じがする。
「私の段取りが悪いのかな」
「もっと効率よくできたら違うのかな」
そんなふうに、原因を自分の中に探していた時期があります。
ちゃんとやっているのに、しんどい理由
今振り返ると、
しんどかった一番の理由は「頑張りが足りなかったから」ではありません。
むしろ逆で、
ずっと頑張っている状態が当たり前になっていたから。
・常に何かをやっている
・止まる時間がない
・「今日はこれでいい」と区切れない
手を抜いていないからこそ、
削れる場所も、休める隙もありませんでした。
「もっと頑張れば回るはず」と思っていた頃
少し前までの私は、
「もう少し頑張れば、きっと回る」と思っていました。
・もう少し早く動けば
・もう少し我慢すれば
・もう少しちゃんとやれば
そうやって、
足りないのは自分の努力だと考えていました。
でも実際は、
これ以上どこを頑張ればいいのか分からないところまで来ていたんだと思います。
足りなかったのは、努力じゃなくて「余白」
あるとき気づきました。
足りなかったのは、気合いでも根性でもなくて、
余白だったんだと。
予定と家事とやることが、ぎっしり詰まった毎日。
そこに何かトラブルが起きると、一気に崩れてしまう。
回っているように見えて、
実はギリギリだったんだと思います。
余白を作る=サボる、ではなかった
余白を作る、というと
「楽をする」「手を抜く」みたいに聞こえるかもしれません。
でも、私にとっては違いました。
・家電に任せる
・全部自分でやらない
・後回しにしていいことを決める
それはサボりではなくて、
生活を成立させるための調整でした。
これ以上頑張らないと決めたことで、
やっと毎日が回り始めた感覚があります。
もう十分、やっている
今なら、はっきり言えます。
頑張りが足りないわけじゃない。
もう十分、やっている。
だから必要だったのは、
「もっと頑張ること」ではなく
「これ以上頑張らなくていい仕組み」でした。
少し立ち止まれる余白があるだけで、
同じ一日でも、しんどさは全然違います。


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